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2012年2月25日 (土)

ほんとに愛してる?~『我愛イ尓』:備忘録1

備忘録1:ソフト:VCD2枚組、字幕なし

ウォ・アイ・ニー(原題:我愛イ尓)2003年・中国
 監督:張元(チャン・ユアン)
 出演:徐静蕾(シュー・ジンレイ)、イ冬大為(トン・ダウェイ)

ウォー・アイ・ニー [DVD]

 たまりにたまったDVD(一部VCDもあり)を整理するために、ひとつずつ再見中。その感想というか、備忘録を作ってみることにしました。見る順番は、ランダムです。

 そのひとつ目が、この作品。しかし、字幕なしの作品だということを見るまで忘れていました。字幕があっても怪しいヒアリングが、字幕なしだとほとんどお手上げでした。

 小桔(シャオジュー)は恋人を事故で亡くしたばかり。現場にいっしょにいた恋人の友だちである王毅(ワン・イー)と互いを慰め合ううちに、急接近。結婚し、甘い新婚生活を始める。しかし、二人は些細なことでけんかをし、ぶつかり合う。それは徐々にエスカレートし、激しさを増してゆく。
 罵り合い、ときに手も出るようになり、ついに小桔は王毅を縛って、監禁まがいの行為に及んでしまう。
 お互いに気になり、愛を感じるものの、二人の思いはすれ違い、ぶつかるばかり。

 と、「我愛イ尓」=I LOVE YOUという意味から、甘いラブストーリーを連想すると、大きく裏切られる。
 二人が罵り合う場面の激しさは、かなりの迫力。罵るとは、まさにこういうふうにするんだと言わんばかりで、双方が一向に引かず、次々に悪態が口をついて出てくるさまは、細かいニュアンスが分からないまでも、迫ってくる。いや、芸術的ですらある。日本人同士で、あそこまで言葉に詰まることなく、罵声を浴びせ続けられる人はどれくらいいるだろう。「罵人話」という、悪口が豊富にあるといわれる中国語の醍醐味を味わえる。

 しかし、小桔の狂おしいまでの愛し方には、一途な愛というものを大きく超えた恐ろしさと、哀しさを覚えてしまう。恋愛から、生活の場である結婚に舞台が変わっても、彼女は淡々とした愛情に気持ちが変わっていくのを拒むようなところがあり、ますます恋慕の炎を燃やしていく。それに反比例するように、王毅は結婚したあたりから、彼女に対する気持ちも淡々としてしまうのが、いっそう恐ろしさを感じさせる。

 愛しているという甘く、美しい言葉の中に潜む、黒くてドロリとしたものをつきつけられる作品。

 監督は、『おかえり(原題:過年回家)』がすばらしかった、張元。

2011年2月21日 (月)

こんな戦争があった~『望郷/ボートピープル』

望郷/ボートピープル(原題:投奔怒海)1982年・香港
 監督:許鞍華(アン・ホイ)
 出演:林子祥(ジョージ・ラム)、繆騫人(コラ・ミャオ)、劉徳華(アンディ・ラウ)、馬斯晨(マー・スーチェン)

 ボートピープルという言葉を聞かなくなったのは、いつごろからだろう?ベトナム辺りから、すし詰め状態に人が乗った船が日本に漂着したというニュースがかつてはよく流れていたことを、ふっと思い出した。よくも、あんな心許ない船に命を預けるものだと、そして自分の知らない国でそうやって故国を捨てたくなるような社会があることを、おぼろげながらでも現実として感じていたことは、この作品を見るまですっかり忘れていた。

 ベトナム戦争の戦勝パレードで、歓喜に湧く市民の姿を取材した日本人カメラマン芥川は、3年後再び取材のためベトナムを訪れる。しかし、そこで見た新しいベトナムには、政府の圧政にあえぐ市民の姿があった。

 戦場でベトナムを伝えてきたカメラマンが見た現実に、まず愕然とする。外国との戦争が終わると、次は国内の各勢力によるせめぎ合いがあり、本当の平和が訪れるまでにもう一つの試練があることが、芥川の見る社会に歴然と存在する。

 戦後、夫が逮捕され残された妻は、病身ながら幼い子どもたちを育てなくてはならない。その少女は、ひょんなことから芥川と出会い、芥川が政府が外国に見せる平和なベトナムではなく、その底にあるどろりとしたもの。それを体現するように、少女はたくましく生きている。
 デビュー間もない劉徳華(アンディ・ラウ)演じる青年がが行う地雷除去作業。普段着のまま、なんの装備もなしに、手作業で地雷を見つけてゆく青年たち。炎天下、太陽に照らされて流れる汗と、作業の緊張感から流れる汗とが混じり合う中での、過酷な作業。
 戦場をめぐるカメラマンとして追い続け、その勝利の高揚感をともに味わったはずの芥川は、自分が見てきた戦争がもたらしたものが、こうした想像を越える貧しさや、すさんだ生活だったことを知る。彼が受ける衝撃は、見る側にも同じように強く衝撃を与える。それがボートピープルも、ベトナム戦争も遠い過去になりつつある今であるからこそ、逆にストレートに切り込んでくるような気がした。

 たとえ危険を冒しても、彼らが故国を捨てることがいたしかたのないものだと思わざるをえない現実の数々は、これが作り物の映画であったとしても、気持ちを強く揺さぶるのに十分の迫力だった。戦争そのものの描写はないけれど、それが社会に取り返しのつかないほど大きな傷を残すことが、ずしりとした重みを残す作品だった。

 この作品が作られたのが1982年。当時、雑誌かなにかでこの作品を紹介した記事を見て、なぜだかとても気になりながら、今まで見る機会がないままきてしまっていたけれど、やっと見ることができた。

極道追踪 [DVD]

 香港版DVDで見ましたが、日本語版の『望郷/ボートピープル』は残念ながら発売されていないようです。劇中、その濃い風貌がベトナムの青年にぴったりだった劉徳華(アンディ・ラウ)が、のちに主演した許鞍華(アン・ホイ)監督作品。これも、日本にやってきた中国人留学生たちの主人公にした社会派作品でした。

2010年2月19日 (金)

台湾映画2題~『練習曲』、『ビバ!監督人生』

練習曲(原題:練習曲) 2007年・台湾
 監督:陳懐恩(チェン・ホァイエン)
 出演:東明相(イーストン・ドン)、Saya、達倫

 7日間をかけて、自転車で台湾一周をする大学生のアミンを主人公に、彼が旅先で出会う人びとと、台湾の美しい自然が訥々とつづられた、静かで美しい作品。
 台湾の顔ともいえる台北も、アミンが住んでいる第二の都市高雄も、ほとんど登場せず、画面に現れるのはノスタルジーをかきたてるような、まるで別世界のような風景ばかり。そこに、アミンと小さな縁で結ばれる名もなき人たち。さりげないふうに登場する彼らだけれど、よくよく見てみると、台湾の現実がそれぞれに映しこまれ、さまざまな時間軸がからみあって、今と昔がないまぜになった不思議な時間ができあがっている。
 それは、台湾そのものにも思えてくる。
 そして、それを見ているアミンの目線は、近すぎず離れすぎない、安らげる温かさに満ちているのに、ほっとさせられる。

珠玉のアジアン・ライブラリーVol.5 「練習曲」×「ビバ!監督人生!!」 [DVD]

 見ているときは、なぜ最初に訪れた太麻里(たいまり)をわざわざ最後に描くのかと訝しんだけれど、見終わってみるとなんとなくその理由が分かった気がする。太麻里でアミンが出会うのは、趣味で木彫りをする王伯伯(王おじさん)。彼は思いを木彫りに託し、明るく笑う。なにがあろうとも、時間を経て彼のように強く明るい光を放つことができるのも人なのだ。海の隣で、風を友として生きる台湾の民の姿なのだと。

 台湾に飛んで、ここに出てくる風景を訪ねてみたくてたまらなくなる。

ビバ!監督人生(原題:情非得已之生存之道) 2007年・台湾
 監督:鈕承澤(ニウ・チェンザー)
 出演:鈕承澤、張鈞甯(チャン・チュンニン)、屈中恆(チュイ・チョンハン)

 モキュメンタリーという言葉を初めて聞いた。簡単にいえば、ドキュメンタリー風に見せる表現方法をそう呼ぶのだそうだ。そのとおりに、この作品には本人が実名で登場し、映画監督役の鈕承澤を、本人が演じる。そして、映画作りのための補助金を得るために、映画を撮る企画を進めながら、映画作りの舞台裏を赤裸々に描いてゆく。

 出だしは軽快で、少し皮肉まじりなおかしみがあったのが、どんどんと重く沈むような流れになっていって、途中は息苦しくてたまらなくなった。映画作りにしろ、映画監督と女優の恋人関係にしろ、にっちもさっちもいかない袋小路にどんどんと入り込んでいく。
 映画を作るって、こんなに大変なことなんだ。のほほんと見て、つまらんなんて言ってはいけないような気分になった。
 それでも、決して暗い気持ちだけのままに終わらせないつくりにはなっているので、見終われば途中の澱んだ気分が、どこかに消えてはいる。
 何度でも見直したいとは思わないまでも、案外と楽しんで見ていたことに、後から気づく作品だった。

 初めの辺りで登場する、主役候補の俳優、屈中恆(チュイ・チョンハン)!映画関係者の誰それがクスリで捕まったらしいぜ、みたいな話をしているけれど、確か彼自身が数年前に大麻事件で逮捕されたんじゃなかったか?それでこの台詞。それを言わせる監督も、本人役の屈中恆もさすが映画人。

 『練習曲』が台湾に吹きこむ爽やかな風だとしたら、『ビバ!監督人生』は、台北の裏通りや、薄暗い地下通路なんかに渦巻く肌にまとわりつくような空気。そのどちらも、台湾に吹く風に違いない。

2010年2月 8日 (月)

子vs親~『止められない結婚 劇場版』

止められない結婚 劇場版 2007年 韓国
 監督:キム・ソンウク
 出演:ユジン、ハ・ソクチン、キム・スミ、イム・チェム

 タイトルに劇場版とあるように、この作品は後にテレビドラマにリメイクされている。

 長ーいテレビのホームドラマは、微に入り細をうがつ展開を見ているうちに嫌気がさして、結局ドラマそのものを楽しめずに終わってしまうことがたびたび。家庭問題の最たるものである結婚問題が描かれることが多いが、学歴に、家柄、実家の経済力に、親の職業や、きょうだいのこと、仕事の格にあれやこれやと、王族や貴族でもあるまいにというくらいに条件をクリアしていかなければいけないようなお話の展開は、それがドラマに起伏をつけるものと分かっていても、見ているだけで疲れてくる。
 この作品も、ドラマ版を映画にアレンジしただけに、同じような題材が盛り込まれているけれど、2時間少々という短い時間の制約があるぶん、すっきりまとまって、思っていた以上に面白く見られた。

 若い二人の出会いから結婚までと、自分たちの意に沿わない結婚をなんとか思いとどまらせようとする双方の親たちとのドタバタ劇。笑いの中にも、親たちが子どもたちに向けるまなざしが温かくて、ぐっとくるものがある。
 特に、キベク青年の母のおもしろさは、演じるキム・スミの個性によるところもあって、とっても魅力的。滑稽な成金マダムっぷりで大いに笑わせてくれる前半もキュートだけれど、なんといっても彼女が裸一貫から逞しく生きてきた過去が語られる後半は、すっかり他の人たちが霞んでしまうほどに強い印象が残る。彼女が周りからなんと言われようと、母として子どもたちを守ってきたという矜恃あふれる姿は、母なるものの大きさに圧倒される。

 惜しみない愛情を注がれ、受け取った愛情をまた次の世代に引き継いでゆけるのが、結婚という“縁”なのかもしれない。そう思わせてくれるものが、きちんと描かれている作品だからこそ、結婚騒動も楽しんで見られた。

 テレビの韓国ドラマをあまり見ていない人には、少し地味で、面白みに乏しい映画かもしれないけれど、濃厚な韓国ホームドラマに食傷気味の自分には、十二分に面白かった。

2010年1月21日 (木)

海角七号覚書

 『海角七号』に登場する主だった人たちは、友子以外は台湾の人たちですが、その中にさまざまな言葉と民族が入りまじっているのが、まさに台湾の現実そのもの。彼らが主に使う言語と、民族をざっとまとめてみると、下のようになります。

台湾語(たぶん漢族) →→ 阿嘉、水蛙、大大、茂伯
台湾語(原住民=魯凱(ルカイ)族) →→ 勞馬
国語(客家人) →→ 馬拉桑
国語(日本人) →→ 友子

 実際に、彼らを演じている役者さんたちの来歴を見てみたら、役柄以上に入り組んでいるのが、また台湾らしいなと思えます。

 阿嘉を演じた范逸臣(ファン・イーチェン)は、原住民の一つである阿美(アミ)族出身だそうです。原住民のそれぞれの部族(?)にも、固有の言葉があるので、彼も阿美語を話せるとか。
 役柄の設定と同じく原住民出身なのが、勞馬役の民雄(ミンション)。役の上では魯凱(ルカイ)族でしたが、実際は排湾(パイワン)族なんだそうです。
 勞馬がいつもつけている大きな首飾りは、原住民アクセサリーの代表ともいえる、トンボ玉があしらわれています。友子が、バンドメンバーたちに贈ったように、その模様の一つ一つに意味があります。そういえば、友子はあのネックレスを空港の到着ロビーで買ってましたが、実際のお店なら訪台のおりにはぜひ立ち寄りたいです~。

 ちなみに、バイク修理工の水蛙を演じる應蔚民(イン・ウェイミン)も、劇中では台湾語を話していましたが、外省人である彼は台湾語はできないそうです。

 そして、もう一つの言語とも言えるのが、日本語。
 茂伯は日本統治下に生まれ、学校では日本語しか使えなかった世代です。日本語で歌われる「野ばら」は、茂伯が小学校で習ったのかもしれません。彼がそれを淡々と歌うと、なぜかいたたまれないような、申し訳ないような気分にさせられます。母語ではない言葉で子ども時代が代弁されてしまう現実が、台湾には存在することを見せつけられるような思いです。こういうところも、世代を問わずこの作品が受け入れられたところなのかもしれませんね。

 魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督の次回作は、霧社事件を扱ったものだそうです。日本ではあまり知られていない史実ですが、泰雅(タイヤル)族による抗日蜂起事件をどう描くのか、興味のあるところです。

※台湾での先住民族の正式な呼称が「原住民」なので、そのまま表記しています。

2010年1月17日 (日)

懐念台湾~『海角七号 君想う、国境の南』

海角七号 君想う、国境の南(原題:海角七號) 2008年・台湾
 監督:魏徳聖(ウェイ・ダーション) 
 出演:范逸臣(ファン・イーチェン)、田中千絵、林暁培(シノ・リン)

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 ありふれた路地裏から、荷物を載せたバイクが走り出す。西門町の喧噪と雑踏を横目に走る道路から、淡水河沿いにひたすらバイクは走り、やがて右手に一面の海が広がる場面から始まる、台湾で『タイタニック』に次ぐ興行成績をあげた作品。

 台湾南部、海辺の小さな町で、日本の歌手を招いてライブが開かれることになる。前座をなんとか地元のバンドでと意気込む議長は、半ば強引にオーディションを開く。ライブまでに地元バンドの体裁を整え、当日は通訳をするよう言われたのは、モデル会社に属しながらも雑用係に甘んじている、日本人の友子。なんとか集まったバンドメンバーは、経歴も、実力もばらばらの寄せ集め。
 音楽の夢破れて故郷にもどり、臨時の郵便配達員をしている阿嘉(あが)も、むりやりバンドに駆り出されるが、友子とぶつかってばかり。果たして、バンドは成功するのか?そして、阿嘉の手元にある宛先不明の60年前の手紙は届けられるのか。

 前半の印象は、とにかく友子がギャンギャンとうるさくて、ほとんど怒鳴っている印象しかない。気が強くて直情的。思ったことがすぐに口をついて出るという性格なんだろうけれど、いかんせん怒り方がさまになっていない。中華圏や韓国の作品には、女性が激しく怒り、気持ちいいほどに怒鳴る場面がよく登場する。瞬間的に感情を爆発させて、それを表に出すことは、日本人には案外難しいのかもしれない。

 他の人たちもおもしろいけれど、ちぐはぐな感じもするし、なにより60年前の手紙による回想部分のノスタルジックな雰囲気が、原題の友子や阿嘉から浮いているようで、途中まではどうしてこの作品がそれほどヒットしたんだろうと思いながら見ていた。

 が、だんだんとみんなの歯車がかみ合い始めると、ふっとした面白さが心地よくなっていく。
 実際にもミュージシャンだという阿嘉を演じる范逸臣(ファン・イーチェン)の、鬱々とした毎日からは想像できない、彼の歌声の強さ。心を開き始めた彼の、ふっとした表情。
意外な音楽の才能を見せる、交通警察官親子に、いつも明るくて、なぜか気になる馬拉桑(まらさん)。ちょっと大人びている、キーボード担当の大大(だーだー)とその母。ドラマーの修理工の純情も捨てがたいし、なによりそこにいるだけで他を霞ませてしまう茂伯の存在感。
 音楽を通じて、彼らが見せる顔がじわじわとしみ入ってくる。

 世界の動きや、経済格差、地球の環境問題や、政治のあれこれとは無縁の、小さくて、ささやかな社会。世界中のどこにでもありそうな珍しくもない毎日が、なぜか町の隣に広がるあの海のように大きく果てしない時の流れを感じさせてくれる。小さな幸せや、悲しみの向こうにしか広い世界は開けない。そんなことを思わせてくれる不思議な後味が残る。

 台湾語に、国語(=普通話)、日本語、英語が混じった台詞。漢族に原住民(※台湾での正式な呼称)、客家人が登場し、日本統治時代を過ごした老人たちと、それを知らない現代の若者たちが混ざりあう、まさに台湾をうつす鏡のような作品は、むしょうに懐かしくて、台湾のむせるような空気が漂ってくるような気がした。

2009年11月 6日 (金)

結婚のカタチ~『妻が結婚した』

妻が結婚した 2008年・韓国
 監督:チョン・ユンス
 出演:キム・ジュヒョク、ソン・イェジン、チュ・サンウク

 妻が結婚する?どういうことなんだろうと思って見始めると、全くそのまま、妻が「結婚したい」と言い始めるので、その文字どおりのできごとに、正直唖然とする。

 とにかく、この“妻”であるイナが、自由奔放、恋愛中から夫となるドックンの度肝を抜くようなことばかり。かわいくて、お酒が大好きで、仕事もできてちょっとエッチ。ドックンならずとも、男性が彼女にメロメロになるのもよく分かる。
 イナを見ていると、まるで息でもするように恋をしているようで、ドックンと付き合っていても他の人を好きになるし、二人でお酒も飲めば、ベッドも共にする。そんな彼女にふりまわされっぱなしのドックンが、おかしいけれど、だんだん気の毒にすらなってくるほどに、彼女は自由。ましてや、彼女に悪気がなく、悪びれてもいないだけに、ドックンの空回りが虚しく見えてしまうのだ。このあたりは、ドックンを演じるキム・ジュヒョクが実にうまく、身悶えするような彼のジレンマに、まるで自分がドックン自身になってしまったような気になって、胸が苦しくて、涙すら出そうになってしまう。思わず、自分をドックンに重ねてしまう。

 それでも彼が、イナを大好きで、たまらなく愛おしく思っていて、なんとか彼女の行動に折り合いをつけると、またイナはさらに高いハードルを持ってくる。また、ドックンは死にものぐるいでそれを越えていく、その繰り返しをしているうちに、だんだんとドックンにも、イナにも感情移入してしまう。

 「前は結婚なんて考えてもいなかった。でも、あなたと結婚して、とても幸せだと分かった。だから、好きな人ともちゃんと結婚したい。」
 イナが、ドックンに別の男性と結婚したいといったときの言葉。
 付き合うのでも、浮気でもなく、結婚にこだわるイナの思考にはなかなか追いつけないけれど、それでも彼女が本気で恋愛をして、真剣に相手と向き合っていることが分かるこの台詞は、ひどく感動的だった。

 理性や理屈でははかりきれない妻の奔放さに、夫はどう彼女とつきあっていくのか。凡庸な倫理とか道徳観が通じない相手を前にして、揺らぐ価値観に不安を隠せないドックン。一方のイナもドックンに出会って価値観を揺さぶられ、新しい生き方を模索しているんだとお話すが進むにつれ分かってくると、いびつな彼らの関係も、調和のとれたものにすら思えてくる。
 そして、イナに振り回されっぱなしで情けないことこの上なかったドックンが、だんだん堂々として見えてくる不思議な気持ちのよさが残る。

 男性が二人の女性と同時につきあおうとする話はありふれているのに、女性が別々の男性と結婚したいというと、どうしてこんなに刺激的な話になるんだろう?

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 久しぶりの映画館は、やっぱりよかったです~。しかも、キム・ジュヒョク初スクリーン鑑賞。映画やドラマ以外のキム・ジュヒョクは、なかなかのお洒落さんですが、この作品のドックンは、会社員スーツがいちばんかっこよく見えてしまうというダサダサぶり。そのギャップもおもしろかったな♪

2009年8月 3日 (月)

きみといっしょに~『北京ヴァイオリン』

北京ヴァイオリン(和イ尓在一起) 2002年・中国
 監督:陳凱歌(チェン・カイコー)
 出演:劉佩琦(リュウ・ペイチー)、唐韵(タン・ユン)、陳紅(チェン・ホン)
     王志文(ワン・チーウェン)、陳凱歌(チェン・カイコー)

 中国南方の代表的な風景とも言える、美しき水郷の街を、ヴァイオリンを持った少年が駆け抜けてゆく場面から、物語が始まります。
 陣痛真っ最中の女性のためにと請われて、鳴り響くヴァイオリンの高らかな音色。そして、そこに重なる産声。
 クラシック音楽とは無縁のような光景に、当たり前のようにからまっているヴァイオリンと少年と、彼の父。水郷の景色とあいまって、時間や場所をとびこえたような錯覚とともに始まるオープニングが秀逸でした。

北京ヴァイオリン

 息子の音楽家としての成功を夢見る父・劉成(リュウ・チェン)は、小春とともに北京に向かいます。音楽コンクールを経て、師について勉強を始める親子と、周囲の人びととのふれあいが、素直に描かれてゆく物語。

 しかし、そこに描かれるのは定番とも言える、普遍的な物語。突飛すぎるできごともないし、想像を大きく越えるような出会いがあるわけでもない。それでも、大人たちが一人の少年の成長を見守るさまは、温かくて、変わらないからこそほっとさせられます。劉成が父親として注ぐ愛情も、莉莉という小春が憧れる女性が示す奔放な親しみも、北京で最初についた恩師が見せる音楽への愛も、どれもが思春期の少年にとっては少しうっとうしく思えても不思議ではないけれど、その使い古された感じに安心感を覚えます。
 近代化著しい中国の風景とは無縁の、老北京といった古い街並みの中に、当たり前のようになじんでいる彼らの暮らしは、どれだけ時代が進んでも変わらないものがあると言っているようにもみえます。

 大人が、子どもたちになにをしてやれるのか、どんな姿を見せてやれるのか。いつの時代にも次の世代に引き継ぐべきなにかがあるんだと思えてきます。

 一方で、近代化や成功を象徴するような、余教授の自宅。おしゃれで、機能的な彼の家は美しくはあるけれど、なにか物足りない。
 実際には余教授の側のほうが快適だと知っていながら、それでも古くさい劉成たちのような暮らしが続いて欲しいと思うのは幻想であり、わがままかもしれません。

 だからこそ、ラストの小春の選択が胸にぐっと迫ってきます。

 劉成を演じる劉佩琦がすばらしいのは言うまでもありませんが、小春の最初の恩師・江(ジャン)先生を演じた王志文がいい!指導らしい指導もしないけれど、楽譜を見せ、音楽に対する愛情を語るうらぶれた教師姿に愛嬌があって、印象的でした。

2009年6月17日 (水)

杜琪峯的風格~『エグザイル/絆』

エグザイル/絆(原題:放、逐) 2008年・香港
 監督:杜琪峯(ジョニー・トー)
 出演:黄秋生(アンソニー・ウォン)、呉鎮宇(ン・ジャンユー)、林雪(ラム・シュ)
     張耀揚(ロイ・チョン)、張家輝(ニック・チョン)、何超儀(ジョシー・ホー)

エグザイル/絆 スタンダード・エディション [DVD]

 ボスを襲い追われるウー(阿和)は、妻と生まれたばかりの子どもと過ごすためにマカオに戻ってきた。彼の始末を命じられたブレイズ(火)とファット(阿肥)、ウーを守ろうとするタイ(泰)と、キャット(猫)が、ウーの元に集まる。
 かつて幼なじみであった5人の再会がもたらすものは……。

 台詞を極端に省いて、感情の表出をぐっと抑えこんでいるのに、物語は驚くほどすんなりと入ってくる展開。一人一人の立ち位置まで計算された、画面構成。杜琪峯(ジョニー・トー)監督が、自身のスタイルを究めに極めた作品といっても過言ではないくらいに、作りこまれている作品。

 香港映画でありながら、世界のどこで作られたと言われてもうなずいてしまいそうな広がりがあることに、まずひと唸り。

 中華圏映画につきものの、漢字もほとんど登場しない。
 マカオが舞台だからか、どこかヨーロッパを思わせる路地裏と街の景色。
そしてなにより驚いたのが、荒野とでもいうような風景が現れ、画面を一瞬のうちにロードムービー風に切り替えてしまったこと。オーストラリアの荒野や、アイルランドの荒れ地、アメリカ西部の岩地のように見せてしまう。しかし、その先にあるものは巨大な観音像。また、一瞬のうちにマカオという中華圏に引き戻される。この時間や場所をも一瞬のうちに飛び越えてしまうような、不思議な感覚にとらわれる。

 そして、杜琪峯作品の常連の面々が、いつもながらに男くさく、かっこいいのはいうまでもない。裏社会の住人であるはずの彼らに、悲壮感や義侠心は似合わない。どこか、スタイリッシュで軽妙ですらある。
 そして登場する女性二人のうちの一人、ウーの妻。男くさい連中の中で、彼女は銃をかまえて男どもと渡り合い、生まれたばかりの我が子を抱いたまま敵陣に乗り込む、気の強さと度胸を備えている。その強さは、組織の掟や、義侠心なんかではなく、夫を思い、子を思う私情からわき出たものだけに、彼女の存在は向こう側にいる男たちと、こちら側の観客たる自分をつなぐ現実的なものに思える。それだけに、無性に彼女が印象に残る。

 中国語で様式やスタイルを現す言葉は“風格”。
 さまざまな流れ方をする時間と、香港から飛び出して無国籍に見え始める空間の中で、まさに杜琪峯の“風格”に酔い、浸る作品。

2008年12月 1日 (月)

一秒たりとも見逃すな!~『DON 過去を消された男』

DON 過去を消された男 2006年・インド
 監督:ファルハーン・アクタル
 出演:シャー・ルク・カーン、プリヤンカー・チョープラー
     アルジュン・ラームパール、カリーナー・カプール

DON ドン -過去を消された男- [DVD]

 映画としておもしろい要素をすべてつめこんで、インド映画定番の歌と踊りもちゃんとあって、それでいてクールでかっこいい。大らかで、なんでもありの娯楽映画の顔をしながら、実は見終わってみると、いたるところに伏線がちりばめられた計算された作品だったことが分かります。
 ちょっとした台詞があとあとの鍵になっていたり、つっこみどころだと思っていた部分にもちゃんと意味があったり、最後まであますところなく楽しめて、唸ります。これぞ映画の王道!

 始まりはパリのカフェ。ここからして、イメージしていたマサラムービーとあまりに違い、思わず違う作品を見ているんじゃないかとDVDのパッケージを見直してしまいます。
 登場するのは、シャー・ルク・カーン演じるインド系マレーシア人のドン。「10人の刑事に追われるが、誰も捕まえることはできるない」というカリスマ的マフィア。その言葉どおり、頭脳明晰、腕もたって、女性にも人気。裏切りには容赦なし、味方であっても油断のできない切れ者ぶり。
 その彼を追うのが、インド警察のデシルバ警視。インドでの麻薬取引について情報を得たデシルバは、とうとうドンを追いつめるものの、大けがを負ったドンはそのまま亡くなってしまう。
 しかし、デシルバは組織の全貌をさぐるため、ドンの死を隠し、事故で記憶を失ったと偽り、ドンになりすましたインド人青年ビジャイをマレーシアに帰国させるのだった。

 ここまででも、スリリングでテンポのいいお話運びにぐいぐい引き込まれますが、さらにお話は展開を続け、ハラハラ、ドキドキが続いていきます。

 物語がおもしろいのももちろんですが、特筆すべきは主役のドンを演じるシャー・ルク・カーン。
 彼を初めて見たのは、『ラジュー出世する』というずいぶん前の作品ですが、そのときは気の良いお兄ちゃん然として、かっこいいというよりも、いい人そうというくらいにしか思いませんでした。

 そんな第一印象が夢だったのかと思うほど、この作品でのシャー・ルク・カーンは、かっこよくて、渋くて、悪くて、スターのオーラがぎんぎんに出ているのです。
 非情だし、冷酷だし、つきあっていくのに緊張を強いられるような悪さがみなぎっているのに、かっこいいとしか言い表しようがない完璧ぶりを、けれんみたっぷりに演じられるのは、並大抵のことじゃないと思えてきます。悪かろうが、冷たかろうが、それがドンならそれでいい、なんて気づいたら思っているのも、シャールク・カーンのオーラにやられたせいかもしれません。

 でもそれだけでは終わりません。
 彼が演じるもう一人。ビジャイが登場すると、ますますシャー・ルク・カーンのすごさを思い知ることになります。
 マフィアの大物ぶりとはうってかわった、インドの貧しき芸人で、全身から人の良さがにじみ出ているような小市民ぶり。これが本当に、さっきのドンと同じ役者さんなんだろうか。よく似た役者さんで、まったく別人と言われればそのほうが納得できそうなくらいの豹変ぶり。

 お話にうなり、シャー・ルク・カーンのスターっぷりに圧倒され、女性陣の美しさに目を奪われ、3時間近くの長丁場もあっという間でした。
 あぁ、これはぜひ映画館で見たかった。

 とにかく、見るべし!
 ひとたび見始めたなら、一秒たりとも見逃すな!
 以上!

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