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2004年9月

2004年9月20日 (月)

上海右左~その四:朱家角、水郷の旅

 去年だったか、『似水年華』という中国ドラマを見た。烏鎮という水郷(川のある町で、川やそこにかかる橋が町の風景と一体化して独特の雰囲気をかもし出す場所)を舞台にしたドラマで、いつか中国に行ったときには水郷と言われるところを見てみたいもんだと思っていた。

 水郷と呼ばれる町はたくさんあって、しかもそれは上海の近郊にある。というので、その中でも上海からいちばん近い、バスで90分ほどの「朱家角(ちゅーじゃーじゃお)」という水郷に出かけてみた。ガイドブックや、ネットで検索すると上海から日本の旅行代理店が主催する半日ツアーなんていうのもあって、だいたい600元(日本円=8000円くらい)ほど。が、まがりなりにも片言とはいえ中国語履修者。ここではもちろん意地を見せ、自分たちでバスチケットを買って朱家角に乗り込んだ!

 上海八万人体育館から出発する、朱家角の入場料を含むバス往復セット料金が70元。いろいろな地域への観光バスが出ているターミナルなので、なかなかにぎやか。朱家角から上海体育館まで戻るバスの時刻は限られているので、帰りの時刻を係の人などにあらかじめ聞いておくほうがいいのでは。現に私たちはちょうどいい時間のバスがなく、帰りは人民公園行きの別路線のバスに乗って帰ったので、セット料金チケットではなくバス代だけを払って乗るのもいいかもしれない。バス代は18元くらい(……だったと思います、すでに記憶曖昧)。ちなみにバスは、朱家角だけに行くわけではなく、途中で上海動物園やその他よく分からない場所にも停まるので、降りる場所が分からないときは車掌さんに降りる場所を教えてもらうようお願いしておくとよいかな。

 朱家角は町の中に水路がはしり、そこここに小さな橋がかかる。明や清代の古びた建物がちんまりと並んでいる風景は、ドラマの一場面に迷い込んだような気分にさせられる。実際にそこで生活している人たちがいるというのが不思議な感じ。土曜日というのに、団体ツアー客がまだいなかったせいか適度な混雑ぶり。
 とはいえ、この日は夕方に知人と待ち合わせをしていたので、ここで使える時間は2時間ほど。急いで町を見てまわって、買い物して、名物の粽(ちまき)を食べて、写真撮って……あっという間に時間になってしまう。時間がもっと欲しい~~!上海発のバスは7時半が始発らしいので、がんばれるならなるべく早い時間のバスに乗るほうが混雑しすぎないし、のんびりできそう。次はそうしよう!?

 そして、いちばんの見どころを見逃していたことに気づいたのは、その日の夜、ホテルに戻ってガイドブックを開いてからだった……。でも、念願の水郷をしっかり楽しんだので満足、満足!

 ※おまけ
 上海八万人体育館=地下鉄1号線「上海体育館」駅下車。→上海体育館隣りにある「上海旅游集散中心」から朱家角行きのバスが出る。
 ただ、私は上海八万人体育館まではタクシーを使ったので、最寄駅からバスターミナルまでの雰囲気が分からず書いていますこと、ご了解ください。

2004年9月18日 (土)

上海右左~その三:初めての賓館

 一気に地元色満載の通りから、ホテルに入りまずはチェックイン。エレベーターに乗って、今夜の宿となる5階の部屋へ。
 部屋はいちおうカードキー。でも、微妙にドアに隙間があるように見えるのは、たぶん目の錯覚。
 部屋は改装しているらしく、そこそこにきれい。もともとあった天井の下に新しい天井板をかぶせたらしく、窓際のカーテンは天井からではなく、天井の奥から下がっている。もちろん、機能的に支障はないので気にしない。
 携帯電話を充電しようとするが、二つある差込口のうち、一つしか電気が通ってない。仕方ないのでテレビは消してひとまず充電。
 バス、トイレは清潔。古めかしいがゆえの殺風景さで、昔はトイレって怖い場所だったよねと懐かしい気分に浸る。
 ベッドに勢いよく寝っころがると、はずみでマットがずれる。とりあえず直す。
 こんな部屋です。

 そして、なにやら窓の外に気配を感じ、そっちに目をやると…………人が歩いている、えっーーーーー!!!
 窓の外はすぐに壁ではなく、3mくらい張りだしてちょっとした広さになっている。なんというか、中二階ならぬ中屋上状態。さっき廊下ですれ違った隣室の女性が、なにくわぬ顔で歩いているじゃないですか。さらに、従業員らしき男性の姿も。窓は、ごく普通のアルミサッシ。念のため鍵を確認し、鍵が開いているので施錠。が、窓が完全に閉まると鍵はかからないので、ガラス窓は2枚とも2cmずつ開けて、施錠完了。なんのための鍵なんだか……。

 が、一晩過ごしてみると、なかなかいいんじゃないと思えてくるから不思議。いたって安全だったし、テレビのチャンネルが豊富で、いろいろなドラマや、日本で見るつもりだったオリンピックの閉会式もちゃんと見られた。コンビニも近いし、外灘や南京東路にも近い。周りにある古びたアパートもなかなか風情があっていいし、朝早い時間には蘇洲河沿いの緑地帯で、太極拳や朝の体操に励む人たちの姿に出会える。そして、なにより意外だったのは、たてこんだアパートやビルの向こうに、ぽっかりとでもいうように、東方明珠塔の上半分くらいが見えること。あたかも、プライベート・東方明珠塔ビュー。

 翌日は、朝6時にはホテルをチェックアウト。まず目に付いたのは、フロントの前にどかーんと置いてある、仮眠用のデッキチェア(みたいなもの)に、タオルケット。そこに座っている男性がやおら立ち上がって、チェックアウトの手続きをしてくれた。いかにも、眠そうな寝ぼけ眼ながら、気持ちよく送り出してくれて、私の賓館初体験はこれにて終了。

 280元というと日本円にして約4000円くらい。ツインの部屋なので、2人でいっしょに使えば料金的にもかなりお得。これまで香港や台湾に一人で旅行したときには、安全を考えて高くはないけれど、中の下クラスのホテルをとるようにしてきたので、この手のホテルが初めてで不安いっぱいだったのが正直なところ。でも、実際に泊まってみると庶民的で、他の宿泊客も自宅のようにくつろいでいるし、最低限の用心さえすれば大丈夫かなと思えた。少し長く泊まるときにはこういうのもいいかも?お試しあれ、賓館!

2004年9月12日 (日)

上海右左~そのニ:飯店と賓館

 台風の余波で帰りの飛行機がキャンセルになったので、図らずも上海にもう一泊しなくてはならなくなった。

 空港1階にある予約カウンターで手配したのは、「凱恩賓館」。ちなみに英語名はKind Hotelって、ちょっと笑える。南京東路からも近く、280元という安さがなによりの決め手。カウンターの女性もしきりに勧めてくれたし、すでに午後2時も過ぎていたし、いいかげん疲れていたので即決。
 途中まではバスに乗り、教えられたところで降りてタクシーに乗り換え。上海ではタクシーが安くて便利なので、すっかりタクシーを拾うのにも慣れてお手のものです。で、パンフレットを見せて行き先を告げ、あとは窓からの景色を眺めてボーッ。しばらくすると、運転手さんが「空港で予約したの?ちゃんと部屋はとれてるの?」と聞くので、「大丈夫、大丈夫」と返事。
 ホテルへは、南京東路の北にある、北京東路(この安直さが好きです!)を東へひた走るのですが、ここは自動車やバイクの部品屋さんがずら~っとひたすら、ひたすら並んでいる。車窓から見ていても、「まだ続くの?」というくらい徹底してそのてのお店(というか、卸か?)ばかり。こういう風景も見られて、ちょっと得したなとかかんが得ていると、またしても、運転手さんが「部屋は大丈夫なの?」と繰り返し聞いてくる。どこかいいところを紹介しようという様子もないし、なんだか心配してくれているらしい感じなのが、いっそう不安をかきたてる。これからいくところはそんなにすごいとこなんだろうか……?
 果たして着いたところは、上海一のにぎわいを見せる南京東路から徒歩5分とは思えないほどの、まったくの地元色。もちろん、でっかいキャリーバッグを引っ張っている人など皆無。さすがに、少し不安になってきた……。

 そのほんの8時間ほど前にチェックアウトした和平飯店は、凱恩賓館からは徒歩7~8分くらい。
 「和平飯店」は、かつてイギリスの富豪サッスーン氏が建てた豪奢な建物が、そのままホテルになった有名なところ。古い建物だけあって、天上が高く、道路を見下ろすと普通の5階よりもずっとずっと人や車が小さく見える。窓もちゃんと開くので、少しだけ体を乗り出すと、外灘とその向こうの東方明珠塔が見える。奮発したかいがあったというものです。部屋もゆったり広くて、バスにはなぜか二つの洗面台。バスタブとは別にガラス戸で区切られたシャワー室があるという豪華さに、思わずにんまり。廊下も仄かに暗くて、クラッシックな雰囲気たっぷり。この上なく快適でした!

 (その三:さらにホテル篇が続きます。)

 

2004年9月 9日 (木)

上海右左~その一:台風余波

 8月27日から30日の予定で上海に行ってきました。上海でのことを忘れないうちに書いておきます。で、しょっぱなはいきなり最終日のことです。

 最終日まではなにごともなく、順調に楽しく時間が過ぎてゆきました。日本へ戻る飛行機は友人、私ともに午前9時代なので、7時過ぎには空港へ。チェックインもスムーズに済み、会社へのお土産も買い、イミグレもなんなくクリア。一足先に9時過ぎの飛行機で東京へ発つ友人と別れを惜しみつつ、出発ゲートでお見送り。友人は元気に手を振って飛行機に向かうエスカレーターを降りてゆきました。さて、私もゲートに向かうのにちょうどいい時間。搭乗のためもう一度電光掲示板で出発時間を確認すると…………「福岡行き=取消」の文字が!その瞬間、頭は真っ白。これまで何回か飛行機には乗ったし、海外にも行ったけれど飛行機が遅れたことすらないのでもうどうしていいか分からない。しかも、ツアーではなく個人旅行なので途方に暮れて掲示板前のベンチにすわっておりました。カウンターにいるのは、中国人スタッフばかり、中国語で状況確認する元気がなくて、周囲の同じ便に乗るはずだった日本人の方たちの反応を目で追ってました。
 日本はすごい台風で福岡空港には降りられないらしい。どうやら、九州の新幹線も動いてないらしい……なんていう会話がちらほら。
 そうこうするうちに、日本人スタッフから、いったん抜けたイミグレを戻り、チェックインカウンターのところで再度説明をすると説明が。ぞろぞろと周囲の注目を集めながら、イミグレに戻りましたよ……。ちなみに、すでに出国審査を終えたスタンプには、その上から「キャンセル」のスタンプを押しておしまい。貴重といえば、貴重か?

 キャンセルになった便は、翌日31日に振り替え。夜の7時から8時の間に、翌日のフライト時間を電話で尋ねるようにと伝えられ、飛行機にすでにのってしまった荷物を待って解散。説明と説明の間に30分から1時間程度の待ち時間がはさまれるので、解放されたのが午後2時ころ。
 日本に連絡しようにも、レンタル携帯の充電は切れてるし、だいいち日本への電話のかけ方を書いた説明書はキャリーバッグの中。どうすることもできず、ただただ待つのみ……。携帯の充電と、簡単なメモは手元に置いておくべきと肝に銘じました。

 朝来た道を、今度はバスに乗って市内まで。上海の空は、憎らしいほど晴れわたって青かった……。

 (その二:ホテル篇へ続く)

2004年9月 7日 (火)

『HERO~英雄』か?

~※~ 閑話休題:中華とはほぼ無関係 ~※~

 広島にも台風18号の余波が。あまりの強風のため、会社を3時で退社して帰宅。いつもはJRで通勤なのですが、運休になるのが確実だったので今日は車で出勤。いつも渋滞する道はすいすい行ったのですが(といっても、信号は消えてる、正常に動いていても風であらぬ方向を向いていたり、電線のカバーが落下して、木の枝が飛んでくる、で大変な情景ではありましたが)、しばらくすると峠道になっているところで大渋滞に巻き込まれました(どうやら、強風のあおりをうけてトラックが横転してしまった模様)。
 渋滞で停車していると、轟音とともに強い風が吹き、辺り一面木の葉が舞い散る、舞い散る!もう、『HERO~英雄』かと思いました。(※参照:章子怡(チャン・ツーイー)と、張曼玉(マギー・チャン)が舞い上がる落ち葉の中で戦う場面を思い浮かべてください)。いや、本当に木の葉が舞い散ることがあるなんて……ただし、今日は記録的な強風だけど……あの光景をイメージで作り上げる張藝謀(チャン・イーモウ)監督は確かにすごいと思いました。
 あんまりの怖さに、こんなおばかなことを考えて気を紛らわせてました。
 結局、1kmを1時間かけて進み、ふだんの2倍以上の時間をかけて無事帰宅しました。先週、台風で上海に足止めされたばかりだというのに、いったい今年はどうしちゃったんでしょうね?
 

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